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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

砂漠での野宿

                    ≪九月二十七日≫      ―壱―

  二回のタイヤ修理と、アラーの神への祈りによる停車で、バスは予定よりずいぶんと遅れているはずだ。
 いや、バスに予定などというものは、もともとなかったのかも知れない。

  三度のアクシデントを何とか乗り越えて、バスは快調に闇を突っ切り、一気に目指すへラートまで突っ走ってくれる・・・・という、淡い夢はバスが走り出して二時間程で崩れ去ってしまった。

  バスが又も停まったのだ。
 何も言わず、乗客たちがバスから降り始めた。
 砂漠の中に、街らしきものは、全く存在していない。
 停まったすぐ前に、掘建て小屋らしき建物があるだけだ。

  乗客たちの話を聞くと、どうやらここで乗客全員、野宿をするとの事。
 何の説明もないのだから、困ったものだ。
 野宿??
 どうなるのだろう???
 乗客たちは、何の文句も言わず、着の身着のままで、バスの近くでゴロリ、ゴロリと横になり始めるではないか。
 ”いつもの事さ!”とでも言うように・・・・・。
 バスのエンジンの音は、もう停まってしまっている。
 早い人は、もう土の上に、何も敷かず、何も上から掛ける事もなく、そのままゴロリと眠ってしまっていた。

  仕方ない。
 誰に文句を言っても、これがこの国のバス事情なのだからと諦める事しかないのだ。
 シュラフを荷物から抜いといて良かった。
 毛唐たちは、掘建て小屋の中に入って横になっている。
 女もシュラフなしで、そのまま横になっている。
 俺も毛唐たちの横にスペースを確保して、シュラフを敷き、中に潜り込んだ。

       「このまま寝過ごして、バスに置いてかれないかな・・・・??」
       「バスに積み込んでいる、荷物は大丈夫だろうか・・・・??」

  横になったものの、そんな心配が頭を過ぎり、なかなか眠れない。
 と思ったのもつかの間、疲れからか睡魔には勝てず・・・闇の世界へ吸い込まれていく。

  砂漠の中の夜の冷え込みは、想像を絶するものがある。
 なのに現地の人達は、シュラフもなしに野宿・・・。
 大変なルートを選んでしまったようだ。

                      *

  三時間か四時間ほど眠っただろうか。
 ザワザワとした周囲の気配に目を覚ますと、乗客たちがバスに向かって歩いている姿が目に飛び込んで来た。
 外はまだ薄っすらとしていて、まだ太陽は昇ってこない早朝。
 慌てて起き、シュラフを丸めることなく、バスに乗り込む。

  まだ寒く、持っていたシュラフを広げて、シュラフに足を入れたままバスシートに腰を下ろす。
 太陽が昇るまではシュラフが手放せないのだ。
 周りを見ると、そこは完全に砂漠の中で、同じ砂漠色をした民家が数軒散らばっているのが見える。
 近くを見ると、同じようなバスがもう一台停まっていて、野宿をしていた乗客たちがバスに向かって歩いている姿が目に入ってきた。

  バスが発車する頃には、太陽が地平線からようやく姿を現す。
 それが合図かのように、砂煙を上げながらバスが走り始めた。
 日がだんだん高くなってくると、シュラフの中は暑くてたまらなくなってくる。

  時々、休息をとりながら、バスは快調に走る。
 どのくらい走っただろうか、俺の隣に座っていた現地人がなにやら異様な感じになってきたではないか。
 なにやら、ブツブツ言いながら、首を上下左右に、小刻みに振りはじめた。
何かにとり付かれたのだろうか?

  そんなことを繰り返していると、突然身体が硬直してひっくり返ってしまった。
       俺 「癲癇??」
 異変に気づいた大きな男達二三人がかりで、その男を押さえつけ、どこか小さな村辺りでバスから下ろしてしまった。

  バスの車掌は、何事もなかったように、後ろのドア付近で、バスが発車するたびに、”ラブ・ハー!”と叫ぶ。
       俺 「ねー!いつになったら、へラートへ着くの??」
       隣の男「そうだね、正午頃には・・・着くんじゃないの?」

  砂漠という同じ景色が、どこまでも続いて行く。
 バスが何処を走っているのか、全く検討が付かない。
 何も言わないからだ。
 街の名前さえわからない俺にとって、時間だけが距離を測る目安となるわけだが、度重なる故障と、野宿によって完全に予測が出来なくなっていた。

  相変わらず、窓ガラスから照り付けてくる太陽の陽ざしが強く、身体から水分という水分を全て吸い上げてしまわれるようだ。
 唇がカサカサに乾いてきた。
 唾液をしみこませようとするが、一時のお湿りにしかならない。

  カンダハルとへラートの中間辺りだろうか。
 左側に、本当の砂だけの砂漠が広がって見える。
 小さな竜巻が、二本三本と砂を天に巻き上げながらバスに向かってくる。
 そんな砂漠の真ん中を、ハイウエーが真っ直ぐ伸びているのだ。

  そんな砂漠の中、バスがいきなり停まった。
 乗客が一人、ここで降りるというのだ。
       俺 「ここで・・・・降りるの??何処へ行くの??」
 こんな砂漠の真ん中で降りて、何処まで歩くというのだろうか。
 彼らの本能だろうか。
 彼らには、この砂漠の中、進むべき道が見えているとでも言うのだろうか。
 我々には見えない道が・・・。
 きっと、そうに違いない。

  緑なき砂漠を、乗客たちが後ろから押してやらないと、エンジンがかからなかったオンボロバスが、快調に突っ走っていく。
 もう何時間が過ぎているのだろう。
 身動きがとれず、硬いバスシートに身を沈め、腰や首が痛んでくる。
 それでも、後何時間の我慢だ!と言い聞かせながら、・・・またなんでこんなことに・・・・と自問自答しながら、・・無心で窓の外を眺めている。

  後少しでへラートという頃になると、チケットの事でカブールで騙された自分に変化が出てきていた。
 今となっては分からない事だが、チケット代が正しかったのか騙されたのか、そんなことはもうどうでも良くなって来ていたのだ。

  苦しい旅こそ、自分が追い求めていたものではなかったか!
 こうした体験を、自分は求めて旅立ったのではなかったか!
 その国の真の姿をみたい為に、ここまで来たのではなかったのか!
 そんなことを思うと、いろんな苦しみを与えてくれた事に対して、少し感謝の気持ちが芽生え始めてきたのも事実だ。

  この夢のオンボロ・バスに乗って、すでに30時間が過ぎようとしている。
 最後の?なだらかな丘を越えると、街らしい街が見えてきた。
 ハイウエーの脇には、ポプラだろうか、高い緑の木が何メートル間隔で植樹されていて、街の中にバスを誘導していく。
 まるで滑走路の灯りの様に。

  飛行場も見えてきた。
 軍用だろうか。
 街が見えてきて、どのくらい走っただろうか。
 へラートだ。
 やっと目的地、へラートの町にバスは入った。

  長い長い、オンボロ・バスでの旅にやっと終止符を打つ事が出来る。
 砂漠しか見えなかったバスの窓からは、あの懐かしい馬車や車や人の姿が見えてくる。
 街の中に入ると、バスがやっと通れる路地に入った。
 奥は広場になっていて、バスターミナルのようだった。
 ここが、バスの終点だ。
 やっと、到着した。
 なんと、遅れること・・・・十時間。
 これは、何も驚くべき事ではない。
 これが、この国の日常なのだから。
 誰も・・・・・・文句は言わないのだ。




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